お生まれは?
友紀 三重県四日市です。スケート場の駐車場でたまたま出会った美男・美女がめでたく結婚し、1970年代半ばの4月21日、わたくし槙田友紀が生まれました。
音楽に目覚めたきっかけと歩みは?
友紀 私が3歳の時、たまたまテレビで流れていた、音楽教室のコマーシャルを指差したがためにピアノを習いに行くことに。その後も好きでずっと音楽教室に通い続けて、結局、武蔵野音楽大学ピアノ科に入学しました。(第一志望校ではなかったですが)
学生時代には主にどんな曲を練習していましたか?
友紀 普通?のクラシック音楽を勉強していました。好きな作曲家はショパンで、特に好んで練習していました。
そのころの夢は?
友紀 卒業後、どこかの素敵なお金持ちと幸せな結婚をして、だんな様にピアノを聴いてもらって、、、、、。
ジャズを始めるきっかけは?
友紀 大学4年生のある日、友人に誘われて行ったのが、たまたまジャズのライブハウス(吉祥寺「サムタイム」)で、そこでピアノトリオでの演奏を聴き、『私もやりたい!』と思ったのがジャズを始めるきっかけになりました。
ジャズの勉強は?
友紀 クラシック音楽と違い、コードだけの楽譜にまずびっくっり。ピアニスト小林洋子さんのレッスンを受けはじめました。ライブハウスにも何度も通いました。それで音大卒業後、本格的に勉強すべく留学を決意し、親を説得しました。
どちらへ留学されましたか?
友紀 ボストンのBerklee College of Music です。
留学の目標は?
友紀 『2年半勉強してハービー・ハンコックみたいになれるから』と父に宣言して、夢いっぱい期待に胸をふくらませ旅立ちました。
留学先での生活は?
友紀 渡米後3日でそれは無理だと判明。そして即、海外生活をエンジョイすることに切り替えちゃいました。で、期間だけは予定通り2年半後に帰国。(お父さんお母さんごめんなさい)
留学先での楽しかった思い出は?
友紀 じゅうたん、ソファ、カーテン、ベッドを緑で統一、最上階のペントハウスでの生活。ベランダでバーベキュー! 最高のお部屋でした。
逆に、留学先での苦しかったこと、辛かったことは?
友紀 たくさんあります。ま、たかがしれてるけど、、、。
留学での音楽的な成果は期待通りではなかったようですが、帰国後もジャズを続けた理由は?
友紀 やはり好きだったからだと思います。
帰国後、どこで修行されましたか?
友紀 主に、阿佐ヶ谷「マンハッタン」のジャムセッションでいろいろ教えて頂きました。
ライブをやってて、どんなことが嬉しいですか?
友紀 いろんな素敵なかたと出会うことができて、『良かったよ』『元気が出た』『頑張ってね』などと、そう思ってお声をかけてもらうととても嬉しいです。今までの私が「経験したこと」「やってしまったこと」「たまたま」などなどが何一つ欠けても今の私は存在しないわけで。だからすべてにおいて感謝です。
どんな曲を演奏されることが多いですか?
友紀 スタンダード・ジャズやバラードが多いですが、友紀バンドの時には私のオリジナル曲もやります。
オリジナル曲は?
友紀 「鳥」をテーマに何曲かありますが、他のもあります。
まだCD出されていないようですが、ご予定は?
友紀 時期はまだ未定ですが、オリジナルの「鳥」をテーマした曲を中心にぜひ出したいと思っています。
好きな、あるいは目指しているピアニストはいますか?
友紀 好きなピアニストは最初に教えて頂いた小林洋子さんや、ブラジルの女流ピアニスト Eliane Elias です。
今後の友紀ミュージックの方向性や目指していることは?
友紀 これからも、もっといろいろ経験して、私だけの私のピアノ(友紀ミュージック)が弾けるように、それが私自身好きになれるように頑張りたいです。
いろいろありがとうございました。これからも素敵な友紀ミュージックを聴かせて下さい。
友紀 ありがとうございました。もっともっと練習して、経験を積んで、音楽的にも、人間的にも成長していきたいと思っています。これからも、よろしくお願い致します。
(2003年12月:leonids77@管理人)

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